新しいものを創り上げ、
世の中に変化を起こす

新規事業開発
武藤 駿輔

 

武藤さんの自己紹介をお願いします。

セグメントでRPA(Robotic Process Automation)に特化したプラットフォーム型メディアRPABANK事業部の事業統括兼編集統括、またRPAをはじめとするニューテクノロジーを活用した新規事業開発担当をしています。2009年に前身であるオープンアソシエイツ株式会社に新卒入社し、その後一度別の会社を経験して、2016年にセグメントへ復職しました。

学生時代、コロンビア大学のジェフリーサックス教授の著書「貧困の終焉」に影響を受け海外の大学へ進学しました。在学期間中は、様々な地域の貧困問題を統計学を通じて要因分析をし、ビジネスを通じて持続可能な課題解決を作っていくという研究にのめりこんでいました。

入社した経緯、動機を教えていただけますか?

大学を卒業しビジネスの世界に環境を移す時、環境を選ぶ軸として、ビジネス表現に必要なスキルをいち早く身に着けることができ、かつ求めればチャレンジできる環境があるか、の2軸だけを持っていたように記憶してます。

大学でビジネスを通じた課題解決の研究は熱中していたものの、考えやアイデアをビジネスを通じて表現するための実践力がないことに課題を感じていました。

そんなことを考えていた時、紹介業者からオープンアソシエイツを紹介されました。募集要項には、「ビジネスプロデューサー」と書いてあったんです。生まれて初めてビジネスプロデューサーという言葉を目にし、怪しさを感じながら、その言葉に興味を惹かれて面接を受けることにしました。

誰に言われたのかここでは言えませんが(笑)、当時面接をしてもらいましたマネージャーに「色々学びたいんです」と話をしたら、「学ぶことなんかない。ここにあるのはオフィスと電話とパソコンだけ。後はそれ使って表現していくだけ」と言われました。今思い返すとめちゃくちゃなんですけど、その一言が心地よく、自分で環境を作っていける、自分が求めていた環境があると感じました。

「自分の目標を明確に持ち、
今ある環境内で考えてアプローチする」

自分で環境を作り上げていくという考え方なんですね。それに関係して、アメリカ時代の面白いハングリーエピソードがあるとお聞きしました。その経験を通じて学んだことがあれば教えていただけますか?

アメリカではキャンピングカー生活をしていました(笑)。在学中、仕送りが滞ったんです。このままだと大学には行けないし、そもそも生活を続けることもできないという状況でした。

学費は学資ローンを組めばどうにかなるので、問題は生活費。生活費の中からどこを削れるかと考え、家賃は削れるのではないかと。ちょうど当時良くして頂いていた教授の家に遊び行った時、庭にお世辞にも綺麗とは言えないキャンピングカーがあるのを見つけたんです。

これは!と思い、ここで住ませてください、とお願いしてみたところ、見事家賃ゼロで住まわせてもらうことに成功しました。食費などその他の生活費は、アルバイトや、当時良くしていただいた多くの方々にサポートしてもらいながら、無事に卒業することができました。

ハングリーエピソードを自慢したいわけではなく、与えられた環境や今ある環境の中で、自分の目標と現状と向き合いながら、そのギャップを埋めていくために、逃げずに継続していくことが大切だと学びました。この経験はビジネスにおいても役立っていると考えてます。ビジネスも、限られた予算、人員、時間などの制限がある中で、ビジネス表現していくことが求められ、その時々の外的要因も変化していきます、そうした環境下で目的を失わず、向き合い続けることが大事ですが、なかなか簡単ではないです。

「チャレンジを押してくれる社風」

武藤さんは途中一度退職して別の会社を経験、その後復職されたとお聞きしてます。別の環境を求められた理由と復職された経緯について、教えてもらえますか?

オープンアソシエイツに入社した当時の主な事業は、新規事業の立上げ支援に特化したコンサルティングでした。僕の目標は「日本企業の海外進出支援サービスの立ち上げ」と「スポーツビジネスの立ち上げ」にありました。

「0から1」のビジネスを創りだすために必要なスキルやマインドを、手探りの中で身に着けていきながら、運が良いと思いますが、前者の目標については、当時ASEANのキーワードが注目されている時期であったこともあり、ベトナム進出支援や中国進出支援のプロジェクトを持つことができました。

しかしながら、後者の目標は、なかなか機会を創れずにいました。そんな時、幼少期にお世話になった方から、プロサッカークラブのマーケティングポジションを紹介され、チャレンジしてみたいと思ったことが、会社を離れることになったきっかけです。

ただ、環境が嫌になったとか、仕事が上手くいっていなかったから辞めたというわけではありませんでした。充実した仕事ができている中でも、それでも離れる理由がどこにあるのか、今いる環境で実現でけいないのか、自問自答を重ねながら、それでもチャレンジするという結論を出しました。代表の石井と当時何回も面談をさせてもらいました。

「マネージャーとしては行ってほしくないけれども、武藤の人生を考えたとき、人としては出ていくのを応援したい」といってもらいました。意志を持ってチャレンジする姿勢をビジネスを超えて、人として応援してくれる、この会社の素晴らしいところだと思いますし、そんなことが言える会社を他にあまり知りません。

そのあと何年かスポーツビジネスに携わりましたが、結果としてオープンアソシエイツ(セグメント)に復職するという選択をしました。自分が思っているものの実現までに時間がかかりすぎると感じたことが主な理由です。自分の至らなさがあったことはもちろん、現場の方と会話をしている中で自分とスピード感の違いを感じました。

外部に一度出たことで、オープンアソシエイツ(セグメント)という会社が非常に稀な環境であることを再認識しました。ビジネスに対する向き合う姿勢、限られた環境の中でビジネス表現していこうとするマインドが予想以上に染みついていて、やはり自分にはそのような環境が向いているのだと。そんなこともあって、最終的には戻るという選択をしました。

「新規事業のやりがいは、
成功のルールがない中において、
意志を持って取り組めること」

 

現在、セグメントでは新規事業開発担当として業務をされていますが、新規事業のやりがい、またその難しさは何ですか?

まず新規事業に関わらず、やりがいは既存事業でも新規事業でもいくらでもあると考えてます。先ほどの環境の話とも重複しますが、やりがいも自分で作っていくものではないかと考えてます。

新規事業のやりがいを強いてあげるなら、成功のルールがない中において、意志を持ってダイナミックに取り組めることだと考えてます。

例えば、PRABANK事業の立上げの時の話をすると、私自身RPAに関しては、当初全く知識もなく、興味もありませんでした。しかし、RPAをテーマにしたセミナーを開催した時、30分で100名の枠に300名の応募があり、非常に驚きました。セミナー当日も立ち見がでる満席だったのですが、これだけの人が時間を使い、特定の場所に集まる熱量の裏側には何があるのだろうと、興味がわきました。

来場者の方にお話を聞くと、「人手不足が経営課題であると同時に、労働環境の改善に取り組む必要がある。さらにグローバル化の中で戦うには生産性の向上も必須。このような苦しい環境のなかで、人手不足の特効薬になると聞いたRPAに興味を持った。ただWeb上に情報が少なく、何から手をつけていいかわからない。」とおっしゃっていました。

手元で得られた最初の情報はここからでしたが、RPA市場の拡大のためには、RPAを実践する上で必要な情報(Inofmation)、RPAを実践する上で必要な学びの場(Study)、RPAを実践する上での悩みや課題を共有出来る場(Communicty)が必要になると考えプラットフォームの構想を描きました。

ビジネスである以上、収益性や成長性はきちんと根拠を提示し続けないといけないですが、これまでにないプラットフォームを創るという意味では、正解も道筋もなく、試行錯誤、もがきながらになりますが、だれも創ったことがない、実現できれば世の中に必ず必要とされるプラットフォームになると考えると、やりがいは自然と湧き上がってきます。

また難しさや課題というところでいうと、新規事業を進める中で”想定外”のことが起きるのが常です。はっきり言って心が何度も折れます(笑)どれだけ早く”想定内”に変え、次の一手を打っていけるかが対処法の一つだと思います。そのためには、世の中の変化やトレンドに情報感度を高く持ち、情報を常にインプットする姿勢と、やりきる意志を持ち続けることが難しさであり、大事なことだと思っています。

それからもう一つ、ビジネスに再現性を持たせられるかに難しさがあるかと思います。人の入れ替わりや環境の変化は、多い少ないはあるにせよ必ず起こる事です。それでも事業は継続していく必要があるので、継続しさらに成長していけるような仕組みなどを作るのが課題でもあり、絶対にやらなければならない部分でもあります。

「世の中に変化を
起こし続けられる人になりたい」

ビジネスまた、個人での今後の目標やビジョンはありますか?

ビジネスについては、正直なところ、5年後、10年後についてはあえて見ないようにしています。あまりにも不確定要素が多いので、あまり意味がないと考えてます。想像し得る2~3年という時間軸の中で、今、取り組んでいる事業機会の最大化、そして提供し得る価値の最大化そのために全力を尽くす、そうしたエネルギーの使い方の方が健康的だと捉えています。もちろん事業としての5年後、10年後に実現したい姿は、適宜アップデートしながら、中長期的な視点も持つようにはしています。

個人的な目標については、世の中に変化を起こし続ける人間でいたいと思っています。そうした人間でいれることで自分自身が楽しいと思えるからです。そうした人間でいれるためには、常に自分自身を変化し続けていくことが最低条件だと思いますが、難しいです(笑)

関東大震災から東京を復興させたことで有名な後藤新平氏が「金を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上」という言葉を残しています。とてつもなく先の目標でおそらく到達できませんが、自分という人間が携わった何かによって周りの方が幸せになってもらえたり、きっかけにしてもらえたら嬉しいですね。

武藤 駿輔SHUNSUKE MUTOU

2009年 新卒入社
RPABANK事業部事業責任者 兼 新規事業開発

※2019年9月1日をもってRPABANK事業部を分社化し、新しく株式会社RPA BANKを発足しました。

FAQよくあるご質問